【第30回】日本生まれ、香港育ちのソウルフード――第二の故郷で独自の地位を築いた『出前一丁』
日本人にとって、インスタントラーメンが飲食店のメニューに堂々と載っていることには、少し違和感を覚えるかもしれません。特に香港に来て日が浅い場合はなおさらでしょう。しかし、香港である程度暮らしていると、それがすっかり飲食店のメニューとして市民権を得ていることに気づきます。
「公仔麵」誕生と一般名詞化の背景
香港では、インスタントラーメン全般を「公仔麵(ゴンジャイミン)」と呼びます。これは1960年代に香港で発売された「公仔麵」というブランドに由来します。同商品が大ヒットした結果、その名称は一般名詞化し、現在でも香港ではインスタントラーメン全般を「公仔麵」と呼ぶ習慣が残っています。しかし、その中でも「出前一丁」は別格です。

茶餐廳で別格扱いされる出前一丁
茶餐廳では、公仔麵が定番メニューとして確固たる地位を築いていますが、「公仔麵」と「出前一丁」を別メニューとして扱う店も少なくありません。そうした店では、数ドルの追加料金を支払えば、公仔麵を出前一丁に変更することができます。
また、香港の茶餐廳では、「丁」の一字だけで、たいてい「出前一丁」のことを指します。日本では数あるインスタントラーメンブランドの一つという位置づけですが、香港では単なる即席麺ではなく、確立されたブランドとして、やや高級な位置づけを与えられているのです。

1968年発売と香港への輸出開始
出前一丁が日本で発売されたのは1968年。同じ年には早くも香港向け輸出が始まりました。当時の香港は高度経済成長期の真っただ中で、共働き世帯の増加に伴い、手軽に食べられる食品への需要が高まっていました。そうした時代背景もあり、出前一丁は香港の食卓へと急速に普及していきます。1984年には日清食品の香港法人が設立され、翌1985年には現地工場での生産も開始されました。香港人の好みに合わせた商品開発が進められたことが、その後の大成功につながったとも言われています。
スーパーに並ぶ多彩なフレーバー
現在、香港のスーパーを訪れると、その種類の豊富さに驚かされます。海鮮味、五香牛肉味、激辣火山味、タイグリーンカレー味など、日本では見かけないフレーバーがずらりと並びます。香港人の好みに合わせて進化を続けた結果、出前一丁は「日本から来た商品」ではなく、「香港人が育てたブランド」とも言える存在になりました。


「清仔」愛称と香港社会への浸透
そして、出前一丁といえば、パッケージに描かれた男の子です。日本では「出前坊や」と呼ばれていますが、香港では広東語で「清仔(チェンジャイ)」の愛称で親しまれています。その人気は、MTRとのコラボグッズや限定ノベルティが発売されるほどです。「清仔」はすっかり香港社会に溶け込み、CMではもちろん流暢な広東語を話しています。

スーパーの棚にずらりと並ぶ色とりどりの出前一丁を見るたびに、日本で生まれた商品が海を渡り、半世紀をかけて香港で独自の進化を遂げ、今ではすっかり地元ブランドのひとつとして香港の食文化に根付いていることに、何とも不思議な感慨を覚えずにはいられません。

日本発の出前一丁が香港の食卓に根付いたんですね。
まとめ
- 香港では即席麺を「公仔麵」と総称
- 茶餐廳で「丁」は出前一丁を指す
- 1968年発売直後に香港へ輸出開始
- 1985年から香港工場で現地生産開始
- 香港独自フレーバー多数で進化継続
- 出前坊や「清仔」が香港で人気定着













