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【第25回】ちょっと不憫な香港雑学集

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【第25回】香港の良心・ICAC――あまり飲みたくないコーヒーの歴史

街中で「ICAC」という4文字を見かけたことはないでしょうか。Independent Commission Against Corruptionの略称で、中文では廉政公署といいます。汚職を取り締まる、警察や他の行政機関に属さない行政長官(設立当時は総督)直轄の独立機関で、香港の「クリーンさ」を裏側から支えてきた存在です。

苦いコーヒーの隠語

その廉政公署に関して、こんな有名なフレーズがあります。「廉署請飲咖啡」──廉政公署がコーヒーをご馳走する、すなわち「ICACに呼ばれて取調べを受ける」ことを意味する広東語のスラングです。取調べの席でしばしばコーヒーを供されることが広く知られるようになり、いつしか「廉署のコーヒー」は少しビターな意味合いを帯びるようになりました。

茶錢文化と社会の腐敗

そのICACが生まれた1970年代初頭の香港では、「茶錢(tea money)」とも呼ばれていた賄賂が、物事を円滑に進めるための潤滑油のように扱われていました。病院では救急隊員に茶代を渡さないと担架が動かない。入院中に水一杯もらうにも看護師への心付けが要る。消防士がホースを繋ぐ前に「開喉費」を要求した、などのひどい話も伝わります。腐敗は空気のように社会に溶け込み、ごく当たり前のものとして受け入れられていました。

ゴドバー事件と市民の怒り

転機となったのは、ひとりの警察幹部でした。首席警司ピーター・ゴドバー。巨額の不正資産をめぐって汚職捜査の対象となっていたにもかかわらず、警官の特権で啓徳空港のイミグレーションをすり抜け、1973年6月に英国へ逃亡。世論の怒りが一気に噴き出しました。ビクトリア・パークでは市民らが集まり、「腐敗を許すな、ゴドバーを逮捕せよ」と訴える大規模な抗議行動へと発展しました。その声に押され、当時の香港総督マクレホース(「マクレホーストレイル」でおなじみ)が、1974年2月に警察から完全に独立したICACを発足させました。ゴドバーはのちに英国南部の別荘で逮捕され、香港へ送還、懲役4年の実刑を受けました。

三本柱の活動とドラマ

ICACの柱は「捜査」「予防」「教育」の三本。悪事を摘発するだけでなく、腐敗が起きにくい仕組みをつくり、市民の意識を啓発することにも力を入れています。もっとも道のりは平坦ではなく、1977年には現役・元警察官のグループがICACの本部に殴り込む事件まで起きました。それでも組織は生き残り、長年制作されてきたドラマシリーズ「廉政行動」もその活動の一翼を担いながら、実際の事件をもとにした勧善懲悪のストーリーが今も香港市民に親しまれています。

50周年の新しい顔

そして近年のICACは、さらに「見せる」方向へ舵を切っています。設立50周年にあたる2024年、北角の本部ビルにCafé “1974”がオープンしました。「廉政公署でコーヒーを飲む」という、かつては笑えなかった体験が、今では散歩ついでに気軽に楽しめるようになりました。

北角方面にお立ち寄りの際は、ぜひコーヒーを一杯。もちろん、取調室ではなくカフェの方で。

Café “1974”―体験型展示ホール

同じビルの2/Fにはエキシビションホールもあります。5面LEDで囲まれたタイムトンネルで、ICAC誕生前、汚職が蔓延していた時代の香港へタイムスリップする3D映像体験ができます。展示は「捜査」「予防」「教育」「国際協力」の4ゾーン構成で、実際の賄賂台帳をタッチスクリーンで「めくる」コーナーや、AIシステム「Dr. Deep」との対話コーナーもあり、真面目なテーマなのにかなり体験型の仕上がりです。

ICACコーヒーを飲みながらが歴史に思いを馳せましょう!

まとめ

  • 香港の汚職撲滅へ独立機関ICAC設立
  • 「廉署請飲咖啡」取調べの隠語に
  • 茶錢文化とゴドバー事件が転機
  • 捜査・予防・教育の三本柱で活動
  • ドラマ「廉政行動」で市民啓発続く
  • 50周年で本部にCafé “1974”開設

次回記事は5月6日 公開予定です!

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この記事を書いた人

香港生活20ウン年。年々クリーンに生まれ変わる香港で、いかがわしさとしたたかさの残り香をひっそりと嗅ぎ漁っています。

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