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【第23回】ちょっと不憫な香港雑学集

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【第23回】「超人」李嘉誠──難民の少年が築いた香港ビジネス帝国

2月11日、米経済誌フォーブスが2026年版の香港長者番付を発表しました。首位に立ったのは、長江和記実業(CK Hutchison Holdings)創業者の李嘉誠。資産は約451億米ドルで、前年比20.9%増と大きく伸ばし、2位以下を大きく引き離しました。「超人」の異名でも知られ、まさに香港ビジネス界のレジェンドと言える存在です。

難民少年の挑戦、造花で掴んだ成功

しかし、李嘉誠は恵まれた生い立ちだったわけではありません。1928年、中国広東省潮州に生まれ、戦乱を逃れて香港へ移住した難民の少年でした。父を早くに亡くし、15歳で学業を断念して働き始めます。いくつかの職を経験する中で、プラスチック製品のセールスマンとして頭角を現し、当時まだ新素材だったプラスチックの将来性に気づきました。やがてプラスチック工場を興し、そこで手掛けた造花が大ヒットします。香港製の造花は「香港フラワー」として世界へ輸出され、事業は急速に成長しました。

李嘉誠創業の長江実業有限公司 (Cheung Kong(Holdings)Limited)本社ビル
Photo: Baycrest CC-BY 2.5, via Wikipedia 

不動産投資で帝国を築く

ところが、その成長の裏で彼を悩ませたのが工場用地の確保でした。用地の賃貸条件に翻弄される中で、彼は次第に「不動産や土地の権益こそが事業の基盤であり、価値の源泉である」と気づいていきます。これが後の転機につながります。

1960年代後半、香港は社会不安に揺れました。1967年には文化大革命の影響を受けた暴動が発生し、不動産価格は急落します。多くの企業が様子見をするなか、李嘉誠はむしろ積極的に不動産や開発用地への投資を進めていきます。この大胆な判断が、後に長江実業を香港有数の不動産企業へ押し上げる転機となります。

英国系企業買収とグローバル展開

1979年には英国系企業ハチソン・ワンポアの経営権を取得。華人資本が旧宗主国系企業を傘下に収めた象徴的な出来事でした。その後、長江グループは巨大なコングロマリットへと成長します。現在では不動産、港湾、通信、インフラ、小売など幅広い事業を展開し、50か国以上に拠点を持つグローバル企業グループです。ドラッグストアのWatsons、スーパーのParknShop、家電量販店Fortress、携帯通信ブランドThreeなど、香港でおなじみのブランドも傘下にあります。「香港の半分は李嘉誠のもの」と冗談交じりに語られる所以です。

規律ある生活と社会貢献

一方で、李嘉誠は規律ある生活でも知られています。毎朝5時59分に起きてニュースを確認し、ゴルフなどの運動で一日を始めます。オフィスも実務本位で、高級時計ではなくシンプルな腕時計を愛用。その腕時計も時間に遅れないよう30分進めているという逸話も有名です。派手な生活を好まず、長期的視点と堅実さを重視する人物で、慈善活動にも積極的です。李嘉誠基金を通じて教育や医療分野に多額の寄付を行い、世界各地の大学や研究機関の支援にも力を注いできました。

Photo : EdTech Stanford University School of Medicine/Steffiaville CC-BY 2.0, via Wikipedia

難民の少年が世界的実業家へ。その軌跡は、香港という都市のダイナミズムそのものを映し出しています。香港という舞台、激動の歴史、そして彼自身の並外れた努力と判断力。それらすべてが重なって生まれたのが「超人」李嘉誠なのです。果たして、これからの香港に、彼に匹敵するような人物が再び現れるのでしょうか。

豆知識

李嘉誠も常連と言われる潮州料理店「尚盛潮州海鮮飯店」に飾られた墨絵。李嘉誠から贈られたとの噂もあります。長江が手がけたビルも多数描かれており、香港における長江グループの存在感がうかがえます!

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この記事を書いた人

香港生活20ウン年。年々クリーンに生まれ変わる香港で、いかがわしさとしたたかさの残り香をひっそりと嗅ぎ漁っています。

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