【第26回】白いトラックとワルツ――街角に残る甘い記憶
白いトラックとの出会い
香港の繁華街や観光地で、ふと聞こえてくるノスタルジックなオルゴールの音色。「美しく青きドナウ」――ウィーンのワルツです。音に引き寄せられるように歩いていくと、白地に赤で彩られた小型の販売トラックが現れます。香港に暮らす人なら、見かけたことのない人はほぼいないでしょう。
Mister Softee(富豪雪糕)。香港でおなじみのソフトクリームの移動販売車です。そのメロディーと佇まいに、お子さんと出かけた思い出や、少年時代に過ごした香港の日々が、ふと心によみがえる人もいるのではないでしょうか。

フィラデルフィアから始まった物語
その源流は、1956年のフィラデルフィアに遡ります。コンウェイ兄弟が創業した「Mister Softee」は、移動式ソフトクリームという新しいビジネスで各地へと広がりました。やがてイギリスでもフランチャイズ契約を結び、1959年にはロンドンの街角にも白い車が走るようになります。
ロンドンで見たビジネスの可能性
その車を見かけたのが、香港からロンドンを訪れていた何敬源でした。牛奶公司(Dairy Farm)に勤めていた彼は、路上で人だかりを作る白い車に目を止めます。このビジネスは香港でも当たるかも――そう考えた彼は早速仲間とともに動き、1970年の旧正月前夜、荃灣で第一号車を走らせました。1本50セント(発売当時)のソフトクリームが、街に甘い記憶を刻み始めた瞬間です。

変わらぬ4種のメニュー構成
メニューは潔く4種類だけ。バニラ味ソフトクリームの「香滑軟雪糕」、ナッツ入りコーンの「果仁甜筒」、カップアイスの「蓮花杯」、オレンジアイスの「珍寶橙冰」。何十年もこの構成のままで、今日まで大きく変わっていません。ただ、旧正月前後には、期間限定でストロベリー味のソフトクリームが登場することもあります。

ライセンス制度が生んだ独占
ところで、このビジネスが競合もなく、ほぼ独占のような形で続いているのはなぜでしょうか。
実はこの鍵は、香港政府のライセンス制度にあります。
1978年、香港政府は露店ライセンスの新規発行を停止し、また、既存のライセンスは他の車両に譲渡できないこととなりました。この結果、新規の参入が難しくなり、Mister Softeeも車両数を増やすことができなくなりました。
以来、トラックの台数が増えることはなく、現在は14台での稼働体制が定着しています。

Mobile Softeeへの改名と定着
2010年には、アメリカの会社に商標権が戻ったことで、「Mister Softee」の名称が使えなくなり、正式商標は「Mobile Softee」へと変わりました。ですが誰も新しい名前では呼びません。香港の人々にとって、あの白い車はいつまでも「Mister Softee(富豪雪糕)」のままなのです。
創業者・何敬源の訃報
2025年1月23日、創業者の何敬源がオーストラリアのパースで息を引き取りました。享年98歳。メディアで訃報が広まると、SNSにはMister Softeeにまつわる「子どもの頃の記憶」を綴る書き込みがあふれました。
半世紀を超えて続く街角の記憶
白いアイスクリームトラックが香港に登場してから半世紀以上が過ぎ、創業者は遠い地で世を去りました。それでも今日も、香港のどこかの街角で「美しく青きドナウ」の旋律が流れ、子どもや大人や観光客に、変わらず思い出の味を届け続けています。


香港にとって懐かしさと甘さの象徴ですね。
まとめ
- 1956年米国発祥の移動式ソフト
- 1970年旧正月前夜に香港初登場
- メニューは4種+旧正月限定苺味
- 政府ライセンス制度で独占状態化
- 現在14台のみ稼働し続けている
- 創業者逝去も街角で旋律響き続ける













