【第10回】柏架山に消えた空の足──「太古吊車」をたどる
香港の公共交通には、100年を超えて今も現役で活躍を続けるものがあります。ピークトラム(1888年~)、スターフェリー(1898年~)、トラム(1904年~)はその代表選手といえるでしょう。その一方で、歴史の影に静かに姿を消していった乗り物もあります。
消えてしまったある交通機関
鰂魚涌(Quarry Bay)から柏架山道を大風坳(Quarry Pass)へ登る柏架山道自然径は、傾斜も緩やかな舗装道で、誰もが気軽に歩ける人気のハイキングコースです。このルートとほぼ同じ出発点と終着点を結んでいたケーブルカーが、かつて存在していたのをご存知でしょうか。それが「太古吊車(Taikoo Cable Car)」という、消えた交通機関のひとつです。

人を運ぶために整備された私設交通機関
このケーブルカーは1892年、スワイヤー・グループ(Swire/太古集団)が太古糖廠(Taikoo Sugar Refinery)と太古船廠(Taikoo Dockyard)の幹部職員や家族を、山上のサナトリウム(避暑・保養のための社用施設)へ運ぶために整備した私設交通機関でした。蒸気ウインチで動く2両の開放型ゴンドラは、1両あたり6人が背中合わせに座る造りで、最高時速は約8マイル(13km/h)、全長は約2.3kmに及びました。建設費は約5,000ポンド。当時としては先駆的なもので、世界的にも最初期に“人の輸送”を主目的に設けられたケーブルカーとされています。当時の写真には、海沿いの工場群の背後に、吊車の鉄塔が稜線へと点々と続く様子が記録されています。

利用者減少により1932年に撤去
山上と街中を結んで活躍したこのケーブルカーですが、やがて家庭用電気扇風機の普及などで山上避暑の需要が減少すると利用は低下。サナトリウムの取り壊しに合わせて1932年に撤去されました。
今もなお点在する遺構
現在も、鰂魚涌樹木研習徑(Quarry Bay Tree Walk、Wilson Trail 第二段の一部)の途中で、その遺構を見ることができます。四角い基礎ブロックが点在し、いくつかは藪に埋もれながらも、その形を今もはっきりと留めています。クオリーベイ側のケーブルカーの駅は、英皇道(King’s Road)と祐民街(Yau Man Street)の交差点付近、モンスターマンションとして知られる益發大廈の東側あたりにあったと伝えられています。



‘’失われた空の足跡“
「太古吊車」は公共路線ではなく、あくまで企業の私設インフラであったため、都市の公共交通史には大きく名を残していません。
時が流れ、スワイヤー・グループの工場群にあった太古船廠は「太古城」へ、太古糖廠はオフィス街・糖廠街へと生まれ変わりました。それでも森の静けさの中に残るコンクリート片は、“失われた空の足跡”として、香港の発展史からこぼれ落ちたもう一つの物語を静かに伝え続けています。


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まとめ
- 太古吊車は1892年に開業した私設交通
- 鰂魚涌から柏架山へ約2.3kmを結んだ
- 蒸気ウインチ式で6人乗りゴンドラ
- サナトリウム利用者向けに設置された
- 1932年に撤去、遺構が今も残る
- 公共交通史には記録が少ない幻の路線