【第9回】失われゆく香港の風景──南北樓 (The Red Pepper Restaurant)の巻
開業から半世紀、映画のロケ地にもなった名店

少し前まで香港に駐在していた人、あるいは長年香港に暮らしていた人なら、おそらく知らない人はいないであろう四川料理の老舗レストラン「南北樓(The Red Pepper Restaurant)」。日本からの香港出張者をもてなす定番のアテンド先として、長年にわたり安定した人気を誇ってきました。
1971年、銅鑼湾・蘭芳道(Lan Fong Road)に開業したこのレストランは、地上階と1階の2フロア構成で、総面積は約3,179平方フィート(約295㎡)。宮廷風の天井や赤い中華提灯など、クラシカルな中華装飾が随所に施された内装は、香港らしい趣を今に伝えていました。
また、1978年公開の映画『死亡遊戯(Game of Death)』のロケ地としても知られ、ブルース・リーのファンや香港映画マニアにとっては“聖地”とも呼べる特別な場所でもありました。
名物料理は、鉄板でジュージューと音を立てて供される「鐡板干焼蝦球(エビチリ)」。油や辛さを控えめに調整した味付けは日本人好みで、日本のガイドブックでもたびたび紹介され、観光客の間でも高い人気を博していました。


惜しまれつつ閉店、長い沈黙へ
しかし、2020年12月31日──新型コロナウイルスの影響もあり、南北樓は惜しまれながらその歴史に幕を下ろしました。建物自体はその後もその場に残されたものの、営業再開の兆しは見られず、まるで時間が止まったかのような静けさに包まれていました。
この建物は、1975年に店舗オーナーが購入し、2011年に別の投資家へ売却された後も、南北樓がそのままテナントとして営業を継続していたという経緯があります。そのため、閉店後の行方については再開発や転用をめぐるさまざまな憶測が飛び交い、地元メディアでもたびたび話題に上っていました。
跡地に変化──2025年、改装工事が始まる
2025年初頭、月額20万HKDで次の飲食テナントへの賃貸契約が成立したと報じられ、現地に動きが見え始めました。

今年8月現在、建物の外観は白いシートで覆われ、香港特有の竹製足場も組まれており、何らかの改装工事が進行していることが確認できます。ただし、この建物がどのような形で新たな姿を見せるのかは、いまだ明らかになっていません。
日本と香港の記憶が交差する場所
銅鑼湾は半世紀以上にわたり、日本人にとって特別なエリアでした。日系百貨店、日本食レストラン、そして多くの日本企業の香港支社が軒を連ねていたこの地域で、南北樓は食を通じて日本と香港の文化的な接点を体現する象徴的な存在でもありました。
街の風景は絶えず移ろい、ビルは建て替えられ、テナントは変わっていきます。往時の風景が少しずつ塗り替えられていくなかで、かつて賑わいを見せた老舗の姿も、やがて静かに街の記憶の奥へと沈んでいくのかもしれません。

時代とともに移ろい変わりゆくのを感じますね。
まとめ
- 南北樓は1971年銅鑼湾で開業
- 映画『死亡遊戯』のロケ地
- 名物は日本人好みのエビチリ
- 2020年末に惜しまれつつ閉店
- 2025年に改装工事が始動
- 日本と香港の文化交流の象徴